Home > トップ記事抜粋 | 五井野正博士論文 > 「I・T(インタータイム)経済学」(タイムス11号より)

「I・T(インタータイム)経済学」(タイムス11号より)

I・T(インタータイム)経済学

五井野正博士
イタリア経済社会科学アカデミー会員

プロローグ

 経済に興味を持っている人は数多くいる。しかし経済学となると興味を持つ人は・・・これは特殊な人達になるかも知れない。

 つまり、評論家は別として大蔵省や日銀のエリートになるつもりでない限り、現代の情報過多の世界経済を理解するには過去の経済学はかなり時代遅れの役に立たない様な学問になっているからだ。

 経済は人間を対象としている生き物の様で、自然科学の様に固定した法則というものがあるわけでもない。

 もし、一世紀も二世紀も前の経済学と言ったら、日本で言えば軍国社会や武士社会の頃の経済学理論となってしまう。

 だから五十年も百年も昔の経済理論にしがみついていたとしたら、そこから導かれる結果は閉塞感だけのトライアングルだけになってしまうのではないだろうか。

 そもそも経済学を学び、それを行使しようと考える事自体が為政者側の論理であり、ピラミッドの頂点に立つ思いで、底辺なる生産会社と消費・労働者の二つの軸を動かそうとするものである。

 例えば今の日本は世界でも最も最新式の二つの軸輪が眼前の広大な土地を求めてどんどんスピードを上げ、その勢いでつい調子に乗ってメクラ運転で空ぶかしして高いビルや高い山を急激に登ろうとした途端に一挙に転落して軸を折って円輪を破損した様なものである。

 そこに、ケインズと言う旧式の軸輪の運転書を持ってきて、為政者が燃料を口八兆、手八兆と、これでもかとぶち込んで無理矢理走らせようとするものだから、軸輪が傷み過ぎてピラミッド本体の借金の重みで、軸が次々と潰れてしまった様なものである。

 この様にして万人が経済と関わり、経済の中で生活を共にして動いているのだから、経済学はもっと面白くなくてはいけない。

 それが難解でつまらない数字の序列では経営に才ある人はすぐに敬遠してしまうだろう。

 大金を持った事も稼いだ事もない学生がこれ又、社会の何たるかを知らない内に、さも世界の経済や国の経済を学び得たかの様に考え、経済理論によって社会や国を自分の手の中で動かし得ると錯覚まで生じて官僚の中に入っていくとすれば、難解こそが競争相手をはねのけて優越感と自信にひたれるのだろう。

  しかし、そんな配慮あっての理由から経済学者がわざわざ経済学を難解にしている訳ではないはずだ。

 経営学は経営に成功した人に学べばそれなりの学びがいがあるけれども、では経済学も経済学者から学べばいいのだろうか?

 学生は大学で自動的に経済学教授から学ぶシステムがあるから良いが、一般人は大学に学びに行けないし、かといって代わりに経済学者の難解な経済学概論などを最後まで読んで、果たして現実の経済を見定める事が出来るのか?
 又、国の政治家や経済官僚達は経済学者から国の経済や地方の経済を学ぶよりむしろ経済評論家の意見を参考にしていないだろうか?

 マスコミも経済評論家の意見は紙面に載せるが、経済学者の意見はあまり載せない。 

 経済学者を信用していない訳ではない。経済学者の権威は十分認めている。

 しかし、学者のお話となると読者が興味を持って読まないと思っているのではないか。

 しかし読者は実に生きた経済には興味がある。

 だからと言って経済学者の話をじっと辛抱して読む努力をする、そこまでの興味がないのだろう。これが今の日本の国民の正直な実態ではないだろうか!

 フランスでは政治の話となるとカフェテリアでも家庭でも、とことん議論する。これは日本の国民性にはない習慣だ。

 しかし景気とか経済的な話となると日本では喫茶店どころか飲み屋でも風呂屋でも挨拶代わりに語り合う。

 日本人ほど経済に関心を持っている国はないと思われる程、経済中心の国である。

 欧米でも旧ソ連邦でも関心は経済というよりも、先ず家族の問題が優先される。

 関心が経済よりも家族の方が強いならば、政治は資本主義よりも社会主義の方に傾いていくだろう。

 『イヤ、論理が反対ではないのか。経済に関心があるからこそ、資本主義だ、社会主義だと関心を持ち、資本主義経済に疑問を持った時に、社会主義に傾くのではないか』と言われそうで、確かに経済という言葉にこだわれば、資本主義経済とか社会主義経済だとか共産主義経済とかの言葉はまったく経済理論の言葉となっている。

 しかし、それらの経済理論は十八世紀の後半になってから生まれてきた言葉であって、それ以前は当たり前だがどこの国にもない。

 つまりそれまでの経済は政治や国家の主役になっていなかったのである。

 例えばかつての日本においては天皇家が支配する国であり、足利家や豊臣家、徳川家等が治める家族主義国家であった。

 そして士農工商という身分制度では、経済に携わる人は主役の立場ではなく、ましてや金儲けを考えて生きている人達は疎んじられる事はあっても、決して尊敬される人達ではなかった。

 これは西洋でもアダム・スミスの「諸国民の富」が出版されて、金儲けが正統化されるまでは同じであっただろう。

 王室国家も皇帝の国も家族が国を治め、豪族の家族が地方の町村を治めていたのだ。

 その様な家族社会を金の力で打ち壊してきたのが近代の歴史という実状で、逆に言えば経済の未発達の国は家族主義が未だ国や地方を支配していると言える。

 つまり資本主義経済はこの様な家族主義国家を次々と破壊してきたからこそ、その反 動として社会主義や共産主義が生まれてきたと言えるのである。

 そして原始社会や原始共産社会とは単純に一言で言えば、家族集落の事に他ならない。

 家族集落が時間と共に大きな広がりを持った集団になってくると、これは民族という言葉で表現されてくる。

 例えば、過去において日本民族という表現が使われる時は、多分に大和民族という意味合いの言葉がもたれ、大和民族という表現は多分に天皇家の血筋の流れの民族という意味合いが秘められている。

 そして民族の頂点に立つ者は王族や皇族であって、資本家達ではない。  資本家や経済人は金の為には国を売ったり、国民を裏切ったりする事はあるが、王族や皇族にはそれはない。それは王族や皇族は国や国民の主体者だからである。

 それ故、日本国民が経済に 関心を持ち、経済が挨拶代わりに使われるのは、それだけ民族心が薄くなったという事であり、敗戦によって民族の誇りが失ったり失なわさせられたりした事も大きな原因で ある。戦後の教育は質の高い労働者作りという教育方針の中で働くという事が美徳として教えられてきたから、挨拶に・今日も仕事が忙しくてねぇー・が何だか、・今日も天気が良いですねぇー・にだぶって発音されている様に思えるのだ。

現物経済から信用経済へ

金本位制の廃止

 現代世界における経済の根底になる共通の価値はマネーである。マネーは世界の国々が独自の自国通貨を発行し、為替取引によって各国の通貨を交換する。

 基準通貨に米国の連邦銀行が発行するドルが用いられ、それに対抗してヨーロッパ統一通貨としてユーロが二ΟΟ二年からお目見えする。

 ドルの通貨は紙幣によって作られ、ドル以下のセント単位通貨には金属のコインが使われる。

 かつてドル紙幣は金一トロイ・オンス=三十五ドルという一九三四年以来の固定した公定レートの兌換紙幣であり、米国が多量の金を保有する事によって戦後の国際通貨体制を維持してきた。

 一九六五年の北爆による本格的なベトナム戦争の介入による財政赤字と国際収支の悪化、さらに一九七Ο年に財政の均衡政策によってスタグフレーション(不況下の物価高)の恐慌が起きる。

 その対策として取った金利の引き下げ政策はドルを多量に海外に流失させ、この事は一方的に金の流入をはかり、金の価格を一方的に定めた米国独自の金不胎化政策に大きな障害となって、ついに一九七一年八月にニクソン大統領は金交換の一時的停止を発表した。いわゆるニクソン・ショックである。

 これによってドルが金と交換出来る兌換紙幣でなくなり、ただの印刷物と化してしまったのである。

 つまり、世界の基準通貨であるドルが金という人類の長年の固定した基準価値の裏書きを捨て、金の保有量に関係なく政府の意向によって、どんどんドル紙幣をいくらでも刷れる印刷物となってしまったという事である。

 この事は本来ならばドル紙幣の信頼性が失われ、世界の基準通貨としての資格を失うだけでなく、ドルの価値の大暴落が起きるはずなのだが、現に金、一トロイ・オンス=三十五ドルでドルが金に交換出来るという公約がはずれた事により、ドルは金に対して暴落を起こした。

 つまり、石油ショックの前の七十三年には金一トロイ・オンス=九十七ドルと三分の一近くになり、石油ショック後の七十四年には金一トロイ・オンス=百五十八ドルまで暴落する。

 さらに、第二次石油ショックの七十八年から七十九年にかけては金一トロイ・オンス=百九十三ドルから三百三ドルまで暴落したのであるから、ドルは八年半の間に金に対して八・六分の一以下に値下がりした事になる。

 もし、各国が金本位制を採っていたならば、ドルは同じ様にしてその国々に対して八・六倍以上も値下がりしていた事になり、それはドルの不信認を起こし、ドルはさらに売られて、とても世界の基準通貨と呼べない状態になっていただろう。

 しかし現実的に各国がとった対応は各国も米国に追順して金本位制を廃止してドルに相対的にリンクした為替の変動相場制に移行したのである。

 これによって金だけが値上がりする形になり、金に通貨の概念を与えない様に資本主義者陣営は結束して新たな集団管理通貨体制へと進むのである。

 金本位制では通貨の発行量が増大しても、それを裏付ける金の保有量がそれに見合う だけ増量していれば、通貨のインフレが起きず、物価も安定している。

 又、貿易決済の時、金での大量の支払いが生じても十分に支払う事が出来るならば、それは通貨の信用性と安定を維持する事にもなる。

 金本位制は十九世紀半から二十世紀の前半まで戦争で一時中断された時もあるが、各国が交互にこの制度を執り続け、貿易決済の信用度に大きな役割を果たしてきた。

 特に世界の七つの海を支配したと言われ、アジアやアフリカに大きな植民地を持ち、世界の経済のリーダーシップを取っていたイギリスは金本位によって百年近くも物価を 安定させる事が出来たのであるが、第一次世界大戦の為に金本位制を中断してしまった。

 ところが米国は第一次世界大戦後の一九一九年に世界大戦によって各国が金本位を中断した状況の中でいち早く金本位制に復帰し、イギリスのポンドに代わってドルが世界の基準通貨としての地位を確立したのである。

 それは何よりも金を裏付けたドルの強さであり、しかも、大戦の影響で大幅な貿易黒字による大量の金の保有がドルの価値を一層信用づけ、それ故ニューヨークがロンドンのシティーに代わって世界金融の中心となり得たのである。

 その後、米国経済は一九二九年、十月二十四日のニューヨーク株式の大暴落まで繁栄し続ける事になる。

ドルと石油ショック

 一九二九年のニューヨーク株式の大暴落は世界同時波及して世界大恐慌時代を迎えるに至った。

 不況が米国だけでなく全世界に及んだ為に輸出が不振となり、企業の倒産と相まって米国内には失業者が全労働人口の二十五%から三十%までに及ぶという大事態となった。

 この様なデフレ不況の対策としてジョージ・ウォーレンの通貨拡大・物価引き上げ論は農民層に深く浸透して農民団体を政治的な運動に向かわせる事になる。

 政府は今日の日本の様に日本銀行にあたる連邦銀行による買いオペによって金利を下げたり、政府による銀行救済の為の資金をつぎ込んだりしたが全く効果がなく、農民達が期待した農産物の価格上昇の期待も裏切り、ついに政府が交替してルーズベルト大統領の登場となるのである。

 ルーズベルト大統領はあの有名なニューディール政策を執り、大恐慌による不況を克服したとして今でも世界の経済政策の見本となっている大政治家である。  そしてこのニューディール政策のお手本となったのは当時のイギリス経済学者、ケイ ンズの経済理論である。

 ケインズは金本位制を否定して管理通貨制を唱え、赤字財政による積極的公共投資を 行う事によって雇用の回復が得られるという経済政策を主張した。

 ルーズベルト大統領は就任まもなく金本位停止を行い、ドルの切り下げを断行した。

 その後、金に対してドルを四十%切り下げて一オンス三十五ドルに固定して政府保有の金の価値の再評価を行い、膨大な利益を得る事によって財政力を高めるニューディール政策を押し進めたのである。

 一つの経済理論が効を成せば、その経済理論はまるで自然科学の方程式の様にして後の世代にまで受けつがれる。

 不幸な事に後の世代にとってその経済理論が多くの経済政策の専門家達に教科書通りの盲目的な支援を受ける為に、現状に即した臨機応変な対応や修正が試みられない事である。その様な場合、大抵の多くの試みは失敗する。

 多分にもれず三十八年後のニクソン大統領も又、一九七О年に起きたスタグフレーション対策やベトナム戦争の影響による財政赤字や貿易収支の悪化等の対策としてルーズベルト大統領の時と同じ様にして金本位制の一時停止を宣言して、ドル切り下げを容認したのである。

 ドルは金に対してだけでなく各国通貨に対して暴落し、米国内に激しいインフレーションが起きた。

 それはインフレによる輸入超過、引き締め政策による個人消費の落ち込みと供給過多。ついにスタグフレーションが七十年度よりも酷くなり、失業者は記録的な八○○万人を超す恐慌となってしまったのである。

 私はこのドルショックの時、ヨーロッパ旅行をしていた最中であり、しかも手元にわずかなドルを持って生活している身分ゆえ、ドルがヨーロッパ通貨に対して見る見る内に下落するのを不安と言うよりは驚きをもって体験したのである。

 当時、実質上は一ドル三百二十円だったが、一ドル三百六十円という長き固定相場が崩れて一ドル二百八十円へと急速に進んでしまった。

 このニクソンショックは当時、石油の最大供給地であるアラブ諸国の石油値上げとも関係していた。

 戦後、アジア・アフリカは独立と民族主義に目覚め、アラブ産油国も石油民族主義を掲げて、一九六○年九月、OPEC(オペック)を結成し、メジャー(国際石油会社)の一方的な石油価格決めに対抗する様になった。

 一九六九年九月、オペックの参加国であるリビアにカダフィ大尉(革命時の階級)が革命を起こし、共和制を樹立した。そして、リビアはメジャーに激しく対抗し、ついに原油価格の自主権を得た。

 それを受けてオペックは石油の大幅値上げを決議してメジャーに押し切ったのである。

 米国は既に原油輸入国であり、石油代金の値上げによる大幅な貿易赤字は一九六五年の北ベトナム戦争以来、軍事費増大による国家財政支出の増大に追い打ちをかけた。

 ついに一九七一年から米国は毎年貿易収支の赤字を大幅に出す事がわかり、それに伴って、もし金の流失が大量に起きるとなれば、米国の基準通貨であるドルの通貨供給量を減らさなければならない。

 そんな事になればベトナム戦での戦費の調達に大きな支障が起きるだけでなく、米国内の金利が上がってスタグフレーションが一層酷くなる。

 こうした事情の背景が金本位制停止の政策として現れてきたのだろう。

 これによってドルは通貨の安定性を失いドルの暴落となるのだが、各国も又、金本位制を停止した為に、為替はドルに連動してやがて安定に向かい金だけがドルも含めて各国の通貨に対し単独に値上がりを始める事になる。

 石油産出国であるアラブ諸国は対イスラエル戦との関係から米欧に対抗しており、そ の為、金の裏付けがないドルを基準通貨として当然見ず、従来的な金本位の立場で考えて石油代金のドル決済は、金換算で目減りする事から大幅な石油代金の値上げを行うだけでなく、イスラエルに加担している国々に対しては石油を売らないと脅かしたのである。

 これが一九九三年末頃に起きた石油ショックであり、この戦略によってアジア・アフリカ、西欧はアラブ寄りとなり、日本も追順する事になる。

 しかもイスラエル寄りであったソ連がアラブ側に方向転換した事は米国にとって大変 な軍事的プレッシャーと受け止めたのである。

 結局、米国はベトナム戦でもアラブ対イスラエル戦でも不利な状況に追い込まれ、国際通貨としてのドルの地位は揺らぎ始め、金はドルに対して暴騰するのである。

 かつて日本においても金が一グラム五千円以上の値段をつけたのは単なる金の値上がりと言うのではなく、こうした世界経済の混乱が背景にあったからである。

 そこで米国はドルの威信を取り戻す為に資本主義陣営に結束を呼びかけ、主要先進国首脳会議(サミット)を開くのである。

 そして石油に替わる代替エネルギーの開発と省エネの政策を先進国に押し進めさせて、アラブ諸国に依存するエネルギー政策を転換していく事と世界の基準通貨であるドルの 安定を目指したのである。

 つまり、ドルの暴落は結果的には自由主義経済の信用経済崩壊という共同運命という認識のもとで、各国がドルの安定に必死になって努力させられ、ドルの安定はドルを信用する事に落ち着くというセオリー通りの結果となった。

信用経済とは何か

 これによって国際管理通貨制度は金から資本主義国家同士の連座制という信用経済に移し替わってしまった。

 これは人類の文明の誕生と共に歩んできた貨幣文化とそれによる現物経済の歴史が終 わりを告げ、国家の信用を背景とした信用経済の歴史の歩みに移行したという事を物語っている。

 と言っても、現物経済が信用経済に代わったという事がどれだけの重要な意味を持つかという事は多くの人には良くわからないであろう。

 人によっては単なる『現物』とか『信用』とかの言葉に当てはめただけの事で、学問上の分類用語の様にしか受け止められない人もいるだろう。

 確かに、経済学者がこれを述べたなら整理分類用語として使われ、学生や聴講者はここぞとばかりペンを動かしてノートに書き込む事であろう。それは経済を知る為ではなく試験問題に出やすい経済単語だと思うからである。

 私がここで現物経済と信用経済という言葉にこだわって何行も書き添えるのは、実は 此処こそが従来の経済学とは全く違った新しい経済学だと認識しざる得ないからであり、現在の世界経済を知る上で最も重要な観点をこの言葉が表しているからだと思うからである。

 もちろんこれから私が述べる事は私の知る範囲では経済学者も経済評論家も誰も述べていない様な内容だと思う。 

 もしあったとしたら私の勉強不足であるが、言って見れば非常に冒険的な内容である。

 これを読む読者や主体者側の米国政府が果たしてどう思うかは非常に興味ある問題だが、私の本題であるIT経済学の普及の障害とならなければ幸いである。

 要は、結論から言えばベトナムの北爆開始の一九六五年の米国の貿易収支は五十四億ドルの黒字だったのが、石油ショック後の一九七四年から米国の貿易収支は毎年連続して百億ドル単位の赤字となり、一九七七年からは三百億ドル以上の赤字を続ける状況になってしまったという事。

 これだけでも米国の経済にとっては大変な事であるが、ところが今日、二千年度の米国の貿易赤字は何と四千億ドルにも達するという、一九七○年代とは比較にならない程の巨大なマネーが全世界にたれ流されているという事実である。
 奇しくもケインズは「銀行から千ポンド借りたら貴方は銀行の言うままになるが、一度百万ポンド借りてしまえば今度は銀行が貴方の言うままになる」と有名な言葉を述べているが、かつてアメリカのタイムという有名な雑誌はこの言葉を引用して、ケインズの理論はかなりの部分は当たらないか、現状に会わなくなったかであるが、この言葉だけは今でも真実だとケインズ理論を評してこけおろした事がある。

 もちろん、この米国の貿易赤字を一生懸命助けているのは日本であり、日本という銀行はまさに米国の言いなりになっているのである。

 米国は一九二九年の世界大恐慌をケインズ経済理論を採用したニューディール政策で切り抜けたが、一九六○年代後半から始まった米国産業の凋落、一九七一年の金本位制停止によるドルの暴落とそれに連動した一九七三年から始まる原油の大幅な値上げによる貿易収支の大幅な赤字を幸か不幸か、石油危機とソ連の脅威という資本主義体制の危機感で薄めて更に大幅な貿易赤字を放置することによって、意図せずにケインズの経済論ではなく、何と、ケインズが皮肉を込めた『借金真理』で切り抜けてしまったという感がある。

 しかしそうは言うものの、年間四千億ドルの貿易赤字という数字は一体どこから生まれてくる数字であるかと世界中からため息がでる程の問題である。

 米国のGNP(国民総生産)が毎年平均二~三%増という数字では、三十年経っても三倍以下にしかならず、どう計算してもこの四千億ドルという赤字は担保保障が出来ない返済不可能な数字なのだ。

 確かに金を裏付けとしないドル紙幣はいくらでも政府の思うままに刷られる事が出来るかもしれないが、米国以外の国がそんな事をしたら、それこそ紙幣の紙屑化と貿易の停止という国家破綻の道を間違いなく歩んでいるであろう。

 ところが米国一国でこれだけの貿易赤字を毎年出していながら、今尚ドルは世界の基準通貨として世界に君臨し、二十一世紀の新しい産業であるIT産業のリード役として益々世界中から信頼されているという事実は従来の経済理論では計る事が出来ず、将に何か新しい経済理論が米国政府の頭の中に詰め込まれていると言うしか言い様がない。 

 つまり、米国が超経済大国として世界に君臨し、米国のマネーであるドルが今なお世界の基準通貨として通貨の安定に寄与している以上、既に従来の経済理論では考えられない新しい経済理論が確立している事を我々は認識しなければならないのである。

 それは何かと言えば、これこそが私が前述したところの現物経済から信用経済に移ったという証拠なのである。

 米国の年間四千億ドルの貿易赤字はもはや米国がGDP(国内総生産)では返せない、つまり現物経済では返せないという事を意味するものであり、担保保障がない返済不可能な借金であっても何故、各国が米国に貸し続けたり、米国に対する輸出をさらに拡大しようとするのは、米国に対しての絶大なる信用があるからこそ、可能とも言えるのだ。

 つまり、信用経済という形で世界は米国を中心とした世界経済の中で動いているのである。

 その信用経済を支えているのは一体何か?米国の軍事力か?  いや、それだったら今日、ソ連が崩壊し、かつての様な軍事的危機感がない時代にこれだけの赤字をたれ流せられるだろうか。

 米国が北爆を開始する一九六五年以前を見ても、ソ連の脅威に対し米国の軍事力の強さに大きな信用をよせていた時代があったが、その時は米国の貿易収支は黒字だったのである。

 この事は米国に対する一番の債権者となっている日本の立場になって考えてみれば良く分かる事である。

 つまり、かつての日本が朝鮮戦争やソ連の脅威に恐れて米国と安全保障を結んだりしていた時代ならば、米国に言われるままいくらでも金を貸しただろう。

 けれど、その頃の米国の貿易収支は黒字だったのである。

 ところが今の日本はソ連邦が消滅し、ロシアと友好的になり、又、中国とも国交回復をして経済交流も盛んである。

 北朝鮮も韓国と雪解けの状態となって将に日本国民は平和ボケの真っ最中なのである。

 この様な時に米国の軍事力を担保にして返済されない金を毎年大量に貸し出し出来るものだろうか?

 それでは再一度質問を繰り返すと、一体米国の信用経済を支えているのは何か?!

 もちろん金利ではない。金利はドルが暴落すれば元も子もなくなるからである。

 それならば高金利の旧ソ連邦に黒字貿易をして大量に金を貸し付ければ良い事になる。

 それでは食料や資源であろうか?!

 いや、日本はいざという時は食料の自給自足出来る国である。それを無理矢理、減田されて米国から食料を買わされているというのが日本の偽ざる現状ではないだろうか。

 それではエネルギーや資源であろうか。

 これも旧ソ連邦、特にロシアの方が日本に大量に供給可能な大資源国であり、米国はもはや原油の輸入国となって、日本に供給出来る程の資源エネルギーを持っていない。

 仮にこの様な資源やエネルギーの担保があったとしても、これは現物担保の現物経済となる。決して信用経済ではないのだ。

<13号に続く>

参考文献      
   概説 アメリカ経済史 岡田泰男・永田啓恭編  (有斐閣)   
   現代世界の構図を読む   轡田隆史著(高文研)

 

Home > トップ記事抜粋 | 五井野正博士論文 > 「I・T(インタータイム)経済学」(タイムス11号より)

ウイッピータイムス社

〒399-8602
長野県北安曇郡池田町会染5263-7
mail: wippii@avis.ne.jp

このページに対するご意見、ご感想等がございましたらメールをお送り下さい。
サイト内の文章、画像等の無断使用はお断りします。

Return to page top