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科学から芸術へ(一部)

科学から芸術へ(一部) 

五井野正名誉博士

 

 もともと科学者だった私が何故、芸術家となったのか!! それも趣味というものではなくライフワークにまでなったという事に対し、以前の私を知る人の疑問に答える前に人々が抱いている「芸術」と「科学」という観念に先ず言及してみたい。それによってそこから多くの解答がひき出せると思う。
 

1、科学を超えた芸術

 「芸術」と「科学」という言葉のイメージから、それらはまったく違った領域の世界だと専門家のみならず一般の人達もそう理解するのは当然だろうと思う。

 芸術一つとってみても絵画や彫刻、建築、工芸、衣服等それぞれ専門分野があり、さらにそれらは細分化されている。

 又、科学においてもしかり。それ故、様々な芸術や科学の専門家がいる訳でそういう専門の分野で長い間、修練、もしくは研究して独自の世界を確立してこそ芸術家、科学者と一般的にはそう呼ばれてきた訳である。

 ですから、細分化された世界に独自の世界を持って長く居続ける必要があるために、芸術家が科学者となれる訳がなく、科学者が芸術家として大成できる訳がないと決めつけがちであるが、本当にそうなのだろうか?また、本質的に芸術と科学は全く別な存在なのか?!例えば過去においてレオナルド・ダ・ビンチの様に芸術家でもあり、科学者でもあったという事実の例を引き出す程の事でもなく現代において、それぞれの分野が高度化され細分化された今日の時代でも科学と芸術の世界を両立できうるものか、ここではもう一度芸術と科学の原点にふれてみたいと思う。そこで芸術と科学を統一テーマとして試みてみたい。

 芸術と科学というまったく違った分野を一つのテーマとしてとりあげるこの試みは非科学的・非芸術的の様に思われるかもしれないが、それはそれぞれの領域からの目で観ればの事で、大ざっぱに見れば科学は事実を客観的に数量や数値にしてとらえ、芸術は事象を主観的に表現や形象として表わすというとらえ方ができると思う。そしてこの二つの分野は人間生活にとって最も重要な位置を占め、意外な関係において相互に関係し合っている事がわかる。

 例えば、私達の日常的な生活の中で最も基本的な要素に衣食住がある。衣服にしても食物にしても住居にしても、今日の現代人にはかっての古代の生活様式に帰り戻れない程、科学という世界が生活の中に入りこんでいる。科学の力など入りこまない古代人の食生活、とりわけ最も基本的で単純なパン一つとっても現代ではその原料である小麦粉を生産するまでに至る過程において農場でのトラクターや科学肥料、農薬、収穫、選別、粉砕に要する機械設備等、もはや科学の力なしではパン一きれでさえ私達の口にする事は不可能なのである。しかし、科学の力をもってしても、それが数量的、数値的な世界の為、私達の口にするところでは単なる小麦粉を焼いた食料の一かけらにしか過ぎず、現実的には様々な形や色つけをしたデコレイトしたパンが私達の口の中に選択されて入るのである。この様なデコレイションしたパンこそが芸術の分野なのである。私達はこの様な科学的世界のみに作られた単一、均一的なパンを排除し、芸術の分野が加えられた付加価値的なパンを高い値段を出してでも喜んで買い求めるのである。

 もし、科学が科学万能にして芸術を否定するならばそこから生まれる衣食住製品は付加価値のついた芸術性の製品にたいして当然の如く販売競争に負けるであろう。つまり科学製品は安価な代用品にしか人々にイメージを与えないからである。そういう物を作るという意味では芸術家は決して科学者と比してもおとる様な存在ではなくむしろ科学者によって作られたものを最終的な形の製品にするのは芸術家の範疇とも言えるべきなのである。

 科学者の欠点は全ての物を科学的に考え、科学的に作り出し、科学的に使用するという、科学万能主義に陥り易いという事である。確かに科学の進歩が国家を繁栄させ、国家の軍事力や経済力を強くしてきた事に世界の歴史は証明してきた。そういう歴史観の中では芸術など一つの趣味、一つの教養にしかとらえられなかったかも知れない。しかし、歴史はもう一つの事実を証明してみせた。つまり、科学の力を主体とした西欧における近代化産業が生まれた十九世紀、全ての流れが機械化、科学化と進んだその歴史の中で、絵画、彫刻等に見られる様に大きな芸術運動がフランスはパリを中心にしてジャポネズリ、ジャポニズムをきっかけに湧き起こったのである。もちろん、その中心的役割を果たしたのは江戸時代の浮世絵であり、その影響を最も強く受けた印象派の人たちによって推し進められたのである。

 つまり、芸術は科学や産業の上に立って生まれるもので科学と対立して生まれるものではないという事を歴史が証明して見せたのである。十九世紀にフランスのパリで起きた芸術運動がジャポニズムを出発としながらも、科学と対立せずにフランスの伝統工芸や技術を吸収してさらに発展させ、逆に科学文化を味わいの深いものに作り換える働きを為した事は芸術を評価する意味においても非常に重要な意義を持つ。そしてその芸術運動がたちまち全ヨーロッパ中に広まり、さらに大西洋の海をへだてて米国にまで影響を及ぼした事は地球を一つの文化圏として結ぶ歴史ある出来事となったのである。私達はその歴史の恩恵を受け、又実証を科学博物館ではなく、美術館においていつでも見る事が出来るのは幸いというべきものである。

 それ故、博物館と美術館とを対比した時、博物館では時代の優劣や進歩具合がはっきりと物を通して見る事が出来、過去の産物は時代と共に捨てられてきた事を知る事が出来るが美術館では時代の優劣や進歩具合というものは重要な問題ではなく、それよりもその時代の感性、精神、そして文化を学びとる事の方が大事で、それは永遠不滅の美として、技術として残されているのを知る事ができる。

 美術館にあるものはしばしば博物館の中に陳列する事が出来るが、博物館の中にある物を美術館の中に陳列するというのは美的価値観の優劣があって必ずしも可能ではない。

 強いて言うならば、博物館におさめられたものの中で最も美的にも技術的にも文化的にも秀れたものが美術館の中に納められていると言っても過言ではないと思う。

 そういう意味で芸術は科学をしのぐと言えるのである。

 とするならば科学そのものの領域と限界を知り得る人ならばそれを超えた処の延長線上にある芸術に興味を持ち、又そこに新たな世界や願望、そして光を見い出す事が可能である事を知って安心するはずである。

 例えば私が高校時代に科学の大体をマスターして、更に理論と方法論においてその矛盾と限界を知った時から、科学万能主義に疑問をいだくだけでなくその危険性を考えはじめ、そちらの方が重大な意味を持つ事を知った。

 そして、カントが言う人間が求める究極の価値観である「真」「善」「美」を考えた時、科学は真理の探求であっても結果的には公害や環境汚染、核や毒ガスの軍備や近代コンピューター兵器等、科学がなしてきた事は善なる世界の実現や美なる世界の創造といった人間本来が求めている幸福の世界とはあまりにもかけ離れ過ぎている事に人間としてのモラルまで考え直さなければいけないと思う様になったのである。

 確かに国家にとって科学の進歩は国家の繁栄と興亡に大きな影響をもたらすが、それと同時に昨日までの過去の産物は必然的にどんどんと使い捨てゆく運命も兼ね持つ。

 古き道具も家具も古き家、古き町もつまり過去の文化はどんどんと失いつつもそれが科学の進歩なんだと人々が思い込んでゆく時、私達の日常の周囲からどんどん自然がなくなり、自然な物にとってかわって人工のまね物が氾濫し、ありとあらゆるゴミが毎日の如く山や河、海あげくは公園や道路にあふれ始めるのを見るにつけ、これが文化生活なのかと疑問を私自身が抱いたのは閉鎖された高校教育を卒業して社会の空気を吸ってからのことである。

 科学万能主義の教科書で説く理想の社会とはまったく違う世界がお金を中心に渦巻き、そこから生じる結果の世界が醜い姿で社会のすみずみに現れていた。

 小さい頃、お金など流通していなかった私の田舎では、田畑の力仕事は馬や牛によって為され、牛馬は家族同然に飼われていて食肉とするものではなかったし、ニワトリやヤギなども卵やミルクを取るのに飼われていた。そして夏休みになると田舎に遊びに行き、毎日小川に行っては魚取りをしたり、畑に行ってはスイカやメロンを自由にもぎ取って食べたあの幼き頃の唯一の幸福感はいつの間にか科学化という世界の前に消え失せてしまっていたのである。

 つまり、そういう田舎に近代化の波が押し寄せて耕運機の機械類や化学肥料、農薬等の農業に転化し、牛や馬どころか魚もいなくなり、田畑は販売の為の野菜や果物を植え、それでも食えない為に、家族して外に働きにでるという生活に変わってしまったからである。  科学万能主義によって起きる変化は自然のみならず私達の過去の文化や産物、習慣や風俗まで捨て去り、あげくは民族固有の精神、思想の世界まで消し去る程、本当は国家にとって重要な損失の出来事なのだ。

 その様な失われた世界を国家にとって民族にとって人類にとって重要なものを現在に再び復活させるものは科学の力でもなく、哲学でもない。そうした学問の世界ではなく、芸術の世界なのだと私は知覚したのである。そして、それは絵画によって最も可能だと思い、つまり、どんなに巧みな言葉や名言、そして方程式や数字を使ったとしても、科学社会がもたらす弊害を人々に教え理解させるには不十分だからである。そこで World、Interior、Picture、Product、Instructive、Institutionの略語をとってWippiiを誕生させたのである。

 だからウイッピー芸術院とは単なる芸術を学び芸術を創り出すというものだけでなく、芸術という方法を使って科学を超え、科学の弊害を取り除いて過去の失われた人間文化を復活させるという重要な目的を持って創られた機関なのである。

 つまり、芸術は科学と対立するものでなく、時として科学が芸術と対立してきたという事実を認識するからである。日本の場合で言えば芸術の世界であった江戸時代は科学時代をむかえた明治時代によって消滅させられたのである。だから西欧に大きな影響を与えた江戸芸術を再一度見直し復活させる事にこそウイッピー芸術院の使命があると思いここ長年に渡る啓蒙運動と普及活動が今日の江戸ルネッサンスブームの下地となったと思う訳である。

 非科学的で未文化の江戸時代と教えこまれて信じこんできた現代人が、今ここで江戸時代を見直す時に芸術面、特に印象派の人々に大きな影響を与えた浮世絵を通して再認識する事によって江戸文化に興味を持ち評価し直した事、これ自体が私が知覚した芸術によって特に絵画によって科学万能主義を改めさせる事が可能であるという実証なのである。

 そして芸術という世界から科学を改めて認識し直す事によって科学という世界にメスを入れてみたい。

2、モナリザの秘密と次元世界

 先ず今日の科学というものが西欧からもたらされた事は日本人のみならずアジア、米国そして全世界の人々の共通認識だと思う。特にアジア諸国にとって西欧の科学の導入は即、今までの文化、芸術を否定されるだけの強大な力となって入ってきたのである。それだけにアジアの諸国にあった東洋思想というものが科学思想の前に一変に打ち消される程の思想大革命でもあったのだ。そこで科学とは何か?と再一度、考え直して見る必要がある。何故なら科学思想の下に隠されてしまった東洋思想というものを再一度、考えてみる必要があるからである。

 そもそも今日の科学というものは西欧で発展し、それが今日世界中に広まったもので、多くの人達が東洋思考と比較する事もなく、それが全て科学なのだと思い込んでいるふしがある。

 つまり西欧においてはキリスト教的世界観があり、神という概念によってこの世界や人や動植物が説明され、それは聖書の中で語られる事となり、聖書の中で説き明かされない事や悩みなどは信仰という形で神とのマインドによる交流によって学ぶべきものとなっている。それ故、神とのマインドの結果においてキリスト教やイスラム教などが生まれた。

 それに反して中国では道教などに見られる様にこの世を俗世と見なし俗世を離れて深山幽谷に入り、奇山、奇岩を神霊宿るものとして精神的に交流し、自然との一体感、統一観を主とした仙人思想がある。日本の山岳信仰等はこの流れを受けているが、ここでは様々な悩み等の問題は俗世を捨てる事によって解決されるのである。

 この様な中国思想が元という国によってユーラシア大陸全体が支配され、西欧と東洋が一つの文化圏によって結がれた時に東高西低という形で西欧にもたらされ、西欧の人々に精神的自我の確立や自然主義という世界をめばえさせた。それは絵画によってその変化を見る事が出来る。

 教会や絶対君主制の中にとりかこまれなかったユダヤ人や異端と呼ばれた人達は東洋と西欧の間の商業的活動によって、この様な世界観を一早く身につけたのであり、彼等によって先ず神と自然が切り離され、この世界の神の具現化が自然であり、自然から人間は神の概念を実証的に学び取る事が出来ると確信するに至った。やがて自然との統一観を求める事となり、ついには自然を統一する法則、つまり神の概念を数量的に、それも不変的な方程式で表わそうとするに至るのである。

 それが今日の科学の根本の主流を為すものである。人間の場合も神によって作られ、神とのマインドによって向上するという聖書の世界から、人間の肉体を切り開いて個々の部分を調べ、さらに分解して細胞まで調査し、さらに遺伝子や構成物質、つまり蛋白質や脂肪、無機物の素成まで細かくし、終には酸素や水素と言った分子の単体まで分解して解明するという、人間を科学的方法によって分子の領域まで押し進め、分子の世界において始めて自然と同体、つまり分子という世界においては自然も人間も動植物も皆、同じ構成物質からなっているという結論に導かれてしまったのである。この様な科学観が中国の道教思想を基にして、西欧的社会観の中で発展して、再び東洋世界に戻ってきて支配しているという歴史的事実をもう一度再確認する必要がある。そしてさらにこの中国の道教思想をさかのぼらせて古代インドの思想世界、さらにギリシャ、メソポタミアにまで源流を求めてみる必要がある。

 つまり、科学の源流がルネサンスにまで求められルネサンスそのものが古代ギリシャ、メソポタミアの復活でもあるという事、それは中国の道教思想を一度通して過去のルーツ、つまり古代ギリシャやメソポタミアにまでさかのぼったという歴史時間を考えてみる必要があるという事を言いたいのだ。

 歴史学はその時の為政者や時代性によって変えたり覆い隠すことができるが、その点絵画は正直にその時代を描き残してくれる。絵画は絵で描き残された歴史学でもあるのだ。

 例えばルネサンス時代のレオナルド・ダ・ビンチが描くマリアに類似するモナ・リザとその背景に描かれている深山幽谷の山水こそがキリスト教世界観と中国道教世界とが組み合わさった絵画の世界……これこそが東洋と西欧の関係を物語っていると言えないだろうか! 西欧世界が背景の道教思想を通して西暦初年のマリアの世界にまで到達するもしくはさらに時間をさかのぼってギリシャのビーナスまで到達するという時間の流れを物語っていると私には思えてならない。美術研究家はこのモナ・リザのモデルが誰であるかをさかんに重要視する。たしかにそのことは絵画研究を科学的に実証していくには必要なことである。しかし、絵画を芸術の面から理解するにはそれでは十分ではない。つまりカメラのレンズで見るような視点でこの絵画を見るとするならば、この背景の絵は当時、モデルのバックにたまたま飾られていた絵画とも解釈される。これではこのダ・ビンチ描くモナ・リザの芸術性は薄らいでしまう。芸術的価値の評価は同じく芸術性の感性を持った人の眼でなければ不可能で、見る人の眼が作者のと同レベルにまで霊性を高めた場合の視点において初めて同調出来るものである。霊性という言葉を科学的な言葉に言いかえれば”四次元性”という言い方が出来ると思う。モデルが誰であろうとレオナルド・ダ・ビンチの目は現実の写生というよりは霊性の目で描いたと言った方が彼の芸術性を評価するのに重要な意味を持つ。 

 つまり四次元的世界があの絵画の中に同時に描きこまれていて、その霊性を高めさせ、さらにその中での女性の微笑は永遠の微笑もしくはこの絵のミステリーがわかるかなというレオナルド・ダ・ビンチの含み笑いが描きこまれているのかも知れないと言えば現代の科学者や画家達は何と思うだろうか。

 つまり芸術家は目の前にある情景を描くのではなく潜在的な洞察力を持ってそれを独自の歴史史観にまで高め、絵画という手段によって表現するという、単なる絵を描く画家とはまったく別な存在だと私は思うからである。

 更に言えば画家はある一つのパターンと習性を持って絵を描くけれども芸術家というものはその様な規律に従わず、自らの霊性に従って対象となる事物の過去と現在と未来を視つめ描く、つまり絵画に時間を与える事によって同じく霊性を持った観客がその絵画の中に時間性を感じとる事によって絵画が生きている様な錯覚を生じさせるという四次元性的な作品となるのである。

 我々が三次元の世界に生きているとすれば、絵画という二次元の世界に時間という四次元の世界を組み込んだ擬三次元の世界を観た時にまるで生きている様な奇妙な錯覚を覚える世界こそ芸術の為せるわざであると言えるし、これが私の芸術観でもあり、その方法によって描いた作品が「鏡の中のホッホ」という作品である。

 つまり、私は二次元という絵画を描く画家でなく、描かれた二次元の絵画の世界を時間という四次元の世界を加え描くという芸術家なのだと自負するのである。それ故私の作品が“生きている”と世界中の人々に驚きを与えたのは、この理由によると思う。

 人物の背景がその人物を物語り、その人物を生かし得る力となるからこそ、人々がその絵を見てマインドが動かされるのであり、そうでないものは、ただ頭の知識のみが動くだけである。絵画と芸術とはそこにおいて次元も働きも存在もまったく違うものであり、それを混同するから芸術を知識のみにおいて認識してしまい、絵画という二次元的な平面の中に留めてしまうのである。

 それは、三次元的な自然を視覚的に二次元の平面の中に描き込もうとしたり、生きている人物を平面に描き表わそうとしたりして、それを芸術と呼んで人々を錯覚させてしまうと、人々は芸術という知識によって描かれた絵画に思い入れをしてしまい、時間の中を動いている私達のマインドが二次元の絵画の中に組み込まれて静止してしまうという悪影響が懸念されるのである。 

 動物は正直に絵画には反応しない。知的能力がないのではなく、実証判断に基づくからであろう。人はこの事からも動物にはあり得ない次元が一段と下がる幻覚世界というものが存在する事になる。するとその逆もあり得るととすれば次元が一段と上がる世界も存在する事になる。

 これこそが動物世界にはない未来世界あるいは創造世界という目に見えない世界を見る事が出来るし、作り出す事が出来るのである。しかし、その反面、間違ってしまえば、一次元下がった表面世界の中に落ち込んでしまい、やがて死という時間の止まった世界の中に入ってしまうのである。

 我々人類が作り出した科学というものが時間をとりこめないで投影された現象面だけを追っていたのならば、絵画と同じく次元の下がった世界の中に我々の意識が取りこまれてしまい、やがて時間の止まった世界というものがやってくる事になる。

 例えば我々の社会機構が活力を失い、まるで時間が止まったかの様に保守的になって動きが止まってしまうとか本来我々のマインドは時間と共に霊聖化して進歩していくものであるのが逆に退化して物性化していくとか、その様な二極化つまり、一方は次元が上がり、一方は次元が下がるという現象は天と地、物質と宇宙という二元化現象という形で現われる事になる。

 つまり、我々のマインドが天もしくは宇宙という世界に向け感応したとするならば、それは神というより聖霊化された人のマインドだと言える訳で、その逆にマインドが地、もしくは物質に反応した時、それはそこに留まっている次元の下がったかっての人々のマインドに反応した事と言える訳である。

 すなわちマインドという世界から見れば聖書に書かれている、男は土の塵から作られたという言葉は、神は次元の下がった、土の塵にも等しいマインドをもとの人間に戻したという意味を表わしており、女は人間に戻った骨から、つまり精神から作られたという意味に取れる事になる。

 つまり聖書の説く世界では人間の出発点は次元の低い状態から神の力によって人間に戻り、女は男が本来の人間に戻ってから女としての働きとなるという事を表わしていると捉えられる。それ故、女はその後、神の忠告にさからって蛇の言葉に従ったということは、神の世界を失い、再び元に戻るという結論となる。つまり、誤りの知識、次元の下がる知識、知欲の基であるところのヘビが誘惑した善悪の知識の実を男に与えて共に食らう事によって男と女は再び次元の低い世界に向かいそれによって苦しみを得ながらやがて死して土に戻るという事を述べている。

 ここでは土の塵から作られ、塵に戻る人間と天にいる神、そして聖霊化して天に向かう神の子であるキリスト、つまりいずれ神となるキリストという図式で示される様に天と地の間にある人間、その人間が原罪である善悪の知識の実の害をとり除く事によって天に向かう道と善悪の知識の実の害によって塵に帰る道の二元化の道、つまり二極間の世界が示されている事になる。

 すると人間にとって問題となるのは、次元が下がる善悪の知識の実の実体であって、一体この善悪の知識の実とは何なのかという解明が聖書の解明の中でも最も重要な基本的出発であると言える。

 そこでその問題を考える時、話を元に戻して、動物は実証的だが人間は時に幻惑に落ち入る事があると述べた事に注意して欲しい。

 人間には動物にはない創造的知恵、未来知覚、現実改革能力という次元の高い世界がある反面、逆に次元が下がる表面世界、幻覚幻惑世界というものも存在するという事を述べた。

 この幻覚、幻惑こそがヘビが誘惑した善悪の知識の実という害毒という事になる。幻覚という現象に限れば現実的には麻薬という形で存在しているし、幻惑という現象で見れば人々のマインドを物性化するものという形でこの世界にはあらゆる形で存在しているし、次元の下がるものと科学的に言えば偶像を拝したり、絵や紙に書かれたマンダラを拝んだりしてマインドをその中に入れ込めば、確実に人々のマインドは次元が下がり、やがて死という世界を迎えて物質化する状態が説明される。つまり墓場宗教である。

 又、ヘビが誘惑した善悪の知識の実を知識と考えればヘビを象徴する邪智が誘惑した邪知識もしくは悪知識となる。いずれも次元を下げる知識という事であり、人々を死の世界に向かわせる知識という事になる。

 賢明なる人ならば人々を死に至らしめる知識とは何か?という問いに、私が今まで述べた事から何であるかという大体の答えが見えてくると思う。しかし、早急に結論を出すには危険すぎるのでもう少し論じてみよう。(・・・つづく)

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